祖母にデジカメをプレゼント!

祖母にデジカメをプレゼント!

最近、田舎の祖母と久しぶりに話す機会がありました。
祖母は一年前に風呂場で転倒して骨折してから、外出するのが怖くなってしまったそうです。

骨折が治って歩けるようになった今でも、「またこけるのではないか」と不安になってしまうのでしょう。
週に2回のデイサービス以外は、ほとんど外出しなくなってしまいました。

祖母と同じ気持を抱えているお年寄りは、多いのではないでしょうか?
高齢になると、なかなか外に出るのが億劫になってしまうとよく聞きます。

転倒が怖い人もいれば、足腰が弱っているせいもあるでしょう。
しかし、筋肉は使わなければ使わないほど、どんどん衰えてしまいます。

祖母も以前に比べると、身体の線が細くなってしまいました。
自宅の中でも、何かにつけてよろけていることが多いようです。

私の祖母は、お嫁さんと息子と同居しているので、外出しなくても、生活に支障はありません。
しかし、このままではますます足腰が衰えてしまいます。
祖母はまだ70代、骨折以外には病気もないので、今後の人生が長いのです。

なんとかおばあちゃんを外に連れだそう!ということになり、お嫁さんと息子と話し合いを続けていました。
そして、祖母にデジカメをプレゼントすることにしたのです。

実は、祖母は草花が大好きなのです。
近所に綺麗なお花が咲いているからデジカメで写真を撮りに行こうと、誘うようにしたのです。

足腰の筋力を保つためにも、無理のない程度の散歩は良い運動になります。
しかし、ただ歩くだけでは退屈で長続きしない人がほとんどです。
カメラを持って、印象に残った風景や草花を撮ると祖母も楽しいかなと思ったのです。

最初は随分と嫌がっていた祖母ですが、一度散歩に行ってからはすっかりハマってしまったようです。
デジカメで撮った写真を、自宅のパソコン画面で見れるのがよほど楽しいようです。
今では自分から散歩に行きたいと言うようになったそうです。

「綺麗だな」「美しいな」と思いながら、草花などを撮影すると、感性が刺激されていきます。
いわゆる「ボケ防止」にもなり、いきいきと年齢を重ねるための助けになるはずです。

散歩で足腰が元気になったせいか、少し声にも元気が出てきた祖母。
この調子で、いつまでも元気でいてほしいと思います。

「何気ない言葉」の持つ力

「何気ない言葉」の持つ力

私は神経難病のため、自宅で療養生活を送っています。
難病だといっても、決して悲観的になることなく、明るく過ごすようにしています。
しかし、落ち込んでしまうことも多々あります。

相手が何気なく発したであろう言葉に、傷つくことがあるのです。
例えば知人に「子育てしている私の苦労に比べたら、貴方の病気なんてたいしたことないじゃない」と言われた時です。

多少のことでは落ち込むことのない私ですが、頭をハンマーで殴られたぐらいの衝撃を受けました。
突然の病で仕事を失い、手足が不自由になりました。

28歳の若さで車椅子になった時は、泣くこともできずに生きる屍のようになっていました。
家族や友人の支えでようやくここまで立ち直れたのです。
「たいしたことないじゃない」という知人の言葉には、涙が止まりませんでした。

知人は会社の代表として、激務をこなしながら子育てをしています。
その大変さは、私には到底計り知ることができないものでしょう。

だからといって突然の病気で障害を負った苦しさを、冗談でもたいしたことないと笑ってほしくなかったのです。
相手は軽い気持ちで発したでだろう言葉なだけに、私のダメージは大きいものでした。

苦労は、自分と人で比べられるものではありません。
自分にしかわからない苦労もたくさんあります。
ほとんどの人が、人には言えない苦労を抱えているのではないでしょうか。

最初は傷ついたことを、正直に相手に伝えようかと思いました。
けれども、毎日分刻みのスケジュールをこなしている相手の気持ちを考えると言い出せませんでした。

もしかしたら、私自身も何気ない言葉で相手を傷つけたことがあるかもしれないと思いました。
相手の立場に立って物事を考えていなかったり、人生経験が不足しているせいで傷つける言葉を言ったかもしれません。
今後、人生を重ねていくにあたって、できる限り、相手の気持ちを考えて言葉を発していきたいものです。

逆に何気ない一言によって、勇気付けられたり、元気が出ることだってあります。
言葉は使いようによって、相手に良い影響も、悪い影響をも与えます。
互いにとってプラスになるような会話ができるように、心がけていきたいと思います。

綺麗になる努力を積み重ねたい!

綺麗になる努力を積み重ねたい!

最近、「パーソナルスタイリスト」に興味があります。
パーソナルスタイリストとは、店舗に同行してコーディネイトを選んでくれる個人向けスタイリストです。

色彩心理学などを駆使して、似合う服を選んでもらえるサービスです。
プロに服を選んでもらうと、印象までもガラリと変わってしまう人が多いそうです。

私自身、服装のセンスに自身がなく、服選びに苦心していました。
決して安くはないサービスなので、迷いましたが利用を決めました。

人は、外見や見た目に影響される部分が多いと感じています。
特に私はメガネをかけており、服装がスーツに近い無難なものばかりでした。
周りから「真面目」「堅実」という印象を抱かれることが多い人間でした。

もちろん信頼してもらいやすいなど、得をしたこともありました。
しかし、一見とっつきづらいようで、人との距離が縮まりにくい傾向があります。
自分も周りに対して壁を作りやすいので、そんな自分を変えたくて利用することにしました。

今はスタイリストとメールで打ち合わせをしている最中です。
どんなイメージの自分になりたいのか?
どんな服装にチャレンジしたいのか?
綿密にスタイリストと打ち合わせをしています。

サービス利用後は自分がどう変わっていくのが、楽しみです。
明るく、話しやすい印象を服装で演出できたらいいなと思っています。
服装が変わっていくと、内面まで変わっていきそうな予感がしています。

女性はメイクや髪型、服装でガラリと変わるものです。
できれば別人のように変身して、家族や友人をびっくりさせたいものです。

今は、個人的にもメイクの勉強も始めています。
少しのことで、顔の印象が変わるメイクの魅力にハマってしまっています。

メイクや服飾に関する勉強を進めていくうちに、美人や可愛いと感じる女性はきちんと努力していると感じました。
もちろんもともと可愛い女性もいますが、もっと綺麗になるための努力を惜しんでいません。
積極的に情報を集めたり、スポーツジムに通うなど並々ならぬ毎日を送っています。

私は今まで容姿にコンプレックスがありましたが、綺麗になろうという努力が足りなかったのだと思います。
女性として素敵な人たちに刺激を受けながら、私も努力を積み重ねていきたいと思います。
年を重ねても魅力的な女性を目指していきたいです。

若さに欠ける二人

若さに欠ける二人

付き合っている彼氏と、結婚に向けての準備が始まりました。
結婚準備というと、楽しくてウキウキするイメージが湧きます。
もちろん、私もそうだと思っていました。

しかし、現実はともかく細かな雑務の繰り返しです。
式は一年以上も先なので、式場選びはのんびりと行うことができます。
問題は、相手が自営業を始めるので、その準備です。

互いに会社勤めであったら、保険や税金のことは会社がやってくれます。
しかし、自営業となるとすべて自分でしなければいけません。

私は自営業や個人事業なんて、特別な人がするイメージがありました。
自分自身が事業の立ち上げや、経理に関わるなんて思いもしなかったのです。

役所の書類を読み込んで、必要な資料を取り寄せるだけでも大変な労力がかかります。
税務や総務の仕事をしたことがないので、わからないことだらけです。
ひとつひとつ勉強しながら、準備を進めています。

素人が調べながら進めていっているので、遅々として進みません。
時には苛立ちを感じることもあります。

もちろん一人で奮闘しているわけではなく、彼氏と一緒に進めています。
しかし、一緒に事業を立ち上げるとなると、同僚としての要素が強くなります。
恋人同士としての甘い会話はなく、互いに淡々と自分の仕事をこなしています。

もちろん共通の目標を実現するためには、必要なプロセスです。
しかし、イメージしていた結婚準備と違うので、さみしさもあります。
二人共雑務に追われて、結婚前にして会話が減ってきています。

少し準備が落ち着いたら、二人で日帰りで旅行でも行こうかと話しています。
雑務で毎日が忙しく過ぎていくので、息抜きが必要だと感じたからです。

共通の友人たちには、結婚前なのにすでに熟年夫婦のようだとかわかれます。
結婚準備の雑務に疲れ果てて、日帰り旅行なんて若さを感じないとのことです。

一歩、一歩前に進みたい!

一歩、一歩前に進みたい!

私は神経性難病のため、自宅でリハビリ生活を送っています。
手足に麻痺があるため、室内での車椅子を使っています。

自宅でリハビリをしていると人に話すと、いつも不思議がられます。
リハビリは病院や施設でするものなんじゃないの?と聞かれるのです。

しかし、健康な時は意識しませんが、日常生活で必ず手足の筋肉を使います。
例えば、洗面所で立ったまま、歯を磨いているだけでも手と足両方の筋肉を使っています。
日常生活のあらゆる動作そのものが、リハビリになっているのです。

手足が不自由だと、当たり前のことができなくなります。
私は生まれつき障害があるわけではなく、28歳の時に病気になりました。
健康な時であったら、5分とかからなかったことが何時間もかかります。

例えば、先ほどの歯磨きが良い例です。
私は朝起きて、歯磨きするまで3時間あまりかかります。
手足が硬直しているので、徐々に動かしていくだけで2時間程度はかかるのです。
徐々に動くようになってきたら、お湯で暖めてマッサージしながら関節が動きやすいようにします。
マッサージにも30分位上はかかります。

2時間30分かけて、歯磨きできるぐらいに身体が動くようになってから準備を始めます。
車椅子でコップに水を汲んで、洗面所まで行くまで随分と時間がかかります。
以前なら、5分とかからなかった動作です。

あまりにも健康な時との落差が激しく、落ち込むこともあります。
けれど、病気になった当初はベッドまで洗面器を家族に運んでもらっていました。
そう考えると、ゆっくりとはいえ自分で歯磨きができるようになっただけでも進歩なのです。

障害があると自分でできることが、健康な時と比較して、少なくなります。
1人で何かできることがあるということが、非常に嬉しいのです。
身体が不自由だと精神的に落ち込んでしまうことがあります。

しかし、昨日よりも今日、今日よりも明日。
毎日少しでも進歩できるように、前向きにリハビリに励みたいと思います。

もちろん、いきなり走ったりできるわけではありません。
「リハビリの結果、歯磨きができるようになった」なんて人にとったら取るに足りないことです。
しかし、そうやって毎日少しずつリハビリを積み重ねていくことが、回復に繋がると信じています。

相手の立場を考えた恋愛を!

相手の立場を考えた恋愛を!

私は神経性難病のため、自宅で療養生活を送っています。
手足に障害があるため、室内でも車椅子を利用しています。

ハンディキャップがありますが、普通の20代の女性でもあります。
障害があったとしても、普通に恋をするのです。
かくいう私自身も学生時代の友人と付き合っています。

彼には障害がないので、障害者と健常者の恋愛ということになります。
しかし、私たち自身は「障害者」「健常者」と分けて考えないようにしています。
対人間同士として、普通にお付き合いするのが一番だと思うからです。

ハンディキャップがある私自身が「こんな私でいいのだろうか」と思ってしまうことがあります。
障害を持っている人が、異性と付き合った場合に共通して感じる思いでしょう。
「障害を持った私より、もっといい相手がいるんだろうな」と自分を卑下してしまうのです。

例えば、私は病気の症状が日によって、まちまちです。
体調の優れない時は、もっとも近い存在である彼にイライラをぶつけてしまうことがあります。
自分自身の体調のことで余裕がなくなっているせいか、言葉もきつくなります。

身体が思うように動かない不自由さ、病気の症状による辛さは彼のせいではありません。
八つ当たりだとわかっていながら、感情のはけ口にしてしまっている自分が情けなくなります。
「障害を持った私の存在が、負担になっているのでは?」と心配になってくるのです。

しかし冷静に考えると障害の有無ではなく、多くのカップルが悩むところではないでしょうか?
相手の立場を考えて、行動できるかどうかなのです。
女性は「私の気持ちをわかってよ!」と、恋人に共感や理解を求める傾向があります。
一方、男性は具体的な解決策を見つけようとしたり、行動で示そうとします。

男女の考え方の違いや、付き合っている相手の性格や考えを理解し、相手の立場を慮る余裕が必要です。
私も反省して、口論になりそうになったら、相手の考えをきちんと聞くように心がけるようにしました。

すると、コミュニケーションが以前よりスムーズになったと感じています。
互いの立場に立って物事を考えるのは、簡単なようでいて難しいものです。
相手のことを理解しようという気持ちこそが、付き合っていく上で大切なのではないでしょうか。

今週の校閲道場(ヨリモより)

今週の校閲道場(ヨリモより)

はぁ。
ため息つくくらいなら、やらなければいいのに(笑)。
今週の校閲道場はどうなることやら?
ない知識の中からどうにか絞り出して答えていきたいと思います。

6月18日の問題です。
「次のうち、「目上の人にこびへつらう」意味があるのはどれ?」という問いでした。
蜂を払う/辺りを払う
火の粉を払う/ヒゲのチリを払う

はい。どれも存じ上げません!
自慢じゃないけど、どれも分かりませんでした。
なので、当てずっぽうで「ヒゲのチリを払う」を選んでみました。
偶然正解でした!

この問題を読んで頭に思い浮かんだのは、森高千里さんの『ハエ男』の歌詞でした。
すりすりしている人がこびへつらう人だとしか思い付かなくて。
こんなに難しい表現があるとは全く知りませんでした。
習った記憶がございません。
毎度毎度同じ言い訳をさせて頂きますけど。
高校くらいで習っているのかしら?
そうよ、高校生活はあまり記憶がないですからね。
習っていても覚えている訳がありません(キッパリ)!

6月20日の問題です。
「大酒飲みを指して「うわばみみたいなやつだ」などといいますが、うわばみって何?」という問いでした。
虎/蛇/鯨/鳥

これも当てずっぽうでの正解です。
正解は「蛇」です。
うわばみというのは大蛇(ニシキヘビ・オロチなど)を指しており、大量に飲みこむ姿が酒をかっくらう大酒飲みに似ているからだそうです。

でも、どれも酒にまつわる例えに使われているようですね。
虎はものすごく酔っ払う時に使われて、「虎になる」という表現に使います。
大暴れする人は「大虎」と言われるそうです。
鯨は「鯨飲馬食」と使われており、鯨が大量に水を飲む姿を大酒飲みに当てたものです。
使い方は「うわばみみたいなやつだ」に似ていますね。
鳥は「水鳥」と使われ、さんずいである水と酉(鳥)が合わさると酒になる事から、酒飲みを指すようになったようです。
どれも嫌ですよね?
私はあまりお酒が飲めないので、一生言われることはないですが。

6月22日の問題です。
「○の中に入る漢字が一つだけ違うのはどれ?」という問いでした。
○別離苦/一期一○
○者定離/牽強付○

お手上げでした。
解けたのが「一期一会」だけで、他には「会」が当てはまりそうになかったのでこれを選んでしまいました。
正解は「○別離苦」の「愛別離苦」でした。

一期一会はよく使いますよね?
「一生に会える機会は、たった一度」という意味で使われます。
「会者定離」は仏教用語で、「出会ったものは別れる運命にあり」という意味です。
読み方は「えしゃじょうり」です。
必ず人は死別しますものね。
そう考えると、恋愛の別れはそれほど辛くないのかも…。
「牽強付会」は既に解読が不可能でした。
読み方は「けんきょうふかい」です。
「考え方をこじつける自分勝手さ」を表現するものです。
「牽強」「付会」共に、こじつけるという意味があります。
「愛別離苦」はそのまま「あいべつりく」と読みます。
これも仏教用語で、そのままの意味になります。
「愛する者との別離に対する苦しみ」を言います。

今週も大変勉強になりました!

お母さんの美味しいご飯

お母さんの美味しいご飯

何歳になってもお母さんやおばあちゃんが作ってくれるご飯って美味しいんですよね。
ご馳走が出てくるわけじゃないけど、普通の煮物でも久しぶりに食べると懐かしくて美味しいです。

土曜日は、ひな祭りだったのでちらし寿司でした!
普通に具材を炊いて混ぜ混んだご飯に玉子を散らして、
茹でたエビをのせた簡単なちらし寿司ですが、甘酢に半日つけてあるエビが私は、
真似できないのでやっぱりお母さんはすごいなっていつも思います。

ちらし寿司と言えば私は、おばあちゃんが作ってくれる具沢山のちらし寿司が大好きなんです。
冷蔵庫にある物を甘辛く炊いて、
酢飯に混ぜてるだけで「手抜き料理」っておばあちゃんは言ってますが、
小さく切ったエビが混ざっていたりちくわや、
蒲鉾が小さく刻んで入っている時もあるし、
シラスやちりめんじゃこが入ってる時もあって実家に帰った時には、
必ずお昼ご飯に作ってくれているので毎回食べるのが楽しみでした。
最近は、体調が悪くてなかなか作ってもらえないですが・・・。

そして土曜日にお母さんが作ってくれていたメニューは、
肉と玉子入り巾着とゴボウの炒め煮でしたが、肉と玉子入り巾着がかなり美味しくて。
市販されているお鍋用の生の鶏つくねを買ってきて、
小さく丸めてあるのをボールの中で1つにして、
柚子こしょうと混ぜ合わせ巾着用にした油揚げへ、水煮のうずら玉子と一緒に詰めるだけ。
あとは、おでん風の味付けで煮込むだけなのにめっちゃ美味しいんですよ。
油揚げが余ったら中に生卵を割り入れて、それも一緒に炊いて玉子巾着の出来上がり。
お肉の巾着か玉子の巾着かワクワクしながら食べるのが楽しいですよ。
普通にお餅の巾着の時もあるし、うどんが入っている時もあるし、
お母さんやおばあちゃんが作ってくれる料理ってなんでこんなにアレンジきくんだろう?
っていつも不思議に思います。

ゴボウの炒め煮も私が作るのと違っていろいろな材料が入っているし、
栄養士の資格を持っている私もまだまだだなって思います。

アガスティアの葉

アガスティアの葉

私は、幼い頃に母からインドの「アガスティアの葉」の話を聞いて以来、大きくなったら絶対にインドに行ってみたいと言う憧れがあります。

その話と言うのは、
インドに「アガスティアの葉」と言う葉っぱがあって、そこには昔インドの預言者が書いた預言が書かれてあるのだと言うものです。
その預言者は、はるか未来ここに来てこの葉を受け取る人の事が分かり、その人用に選んだ葉っぱに文字を書き記したと言います。
そこに行けば自分の葉っぱがあり、自分の事が書き記されてある。
自分が生まれてから今までの人生、そしてこれからの人生。
誕生日から死ぬ日までが、明確に記されていると言います。

もちろん現在アガスティアの葉は有名なので、そこに訪れたとしても葉っぱがない人、またアガスティアの葉にまつわる観光詐欺など、だまされて高額な金額をとられる人もいるそうです。

ただ、葉っぱに出会えるか出会えないかもその人の運命です。
過去の預言者アガスティアに選ばれし者だけが、そこにたどり着き「本物の葉」を手にする事が出来るのだといいます。

本物の葉と言っても古代文字でしょうから、それを翻訳してくれる人もいたり、葉っぱがあったとしても、それを受け取るまでの手続きや翻訳も大変なものだとか。

噂で聞くよりも、行って見て実際に経験してみないと分からない話ですけど。
子ども心にそのような話を聞いて感動して、これまで信じてきた私。
なんとなく、自分の葉っぱがそこにあるような気がして。
これまでインドへ行く機会には恵まれて来ませんでしたが、いつか自分にピッタリのタイミングで、自然な流れで、絶対にインドには行ってみたい。
またアガスティアの葉は、いつその人がその葉っぱを受け取りにくるかも書かれているので、葉っぱを受け取るに最適な時期があるのだと思うんです。
それは自然のタイミングが運ぶものかなと思いますし、きっといつか出会えると信じています。

幼い頃からの憧れ「アガスティアの葉」いつ出会えることか…楽しみです。

私の実家でのんびりと。

私の実家でのんびりと。

今日は雨が降って寒かったけど、
家で次女と2人のんびりする気分でもなかったので実家へ行ってきました。

手ぶらで行くのも悪いので、
和菓子屋さんによっていちご大福を買っていこうかと思いましたが、
めったに行かない店なので道を間違えてしまいました。
探そうかと思いましたが、
面倒だったのでスーパーに寄って買うことに変更しました。
スーパーに無事着いて和菓子売り場に行ってみると、
なんといちご大福がありませんでした。
いちご大福が食べたかった私には残念でしたが、
仕方ないので饅頭の詰め合わせとおはぎを買いました。

おみやげだよと父と母に渡すと喜んでくれました。
さっそく饅頭をみんながそれぞれ1個ずつ食べました。
美味しかったけど、
和菓子屋さんのいちご大福はもっと美味しかったろうなあと思い、
今度は無事店に辿り着いて、いちご大福を買おうと思いました。

次女は大好きなみかんを、
私の父であるじいちゃんにむいてもらって食べていました。
本当に美味しそうにうれしそうに食べていました。

それからじいちゃんとブロック遊び。
父は自分の娘たちにはあまりかまってくれなかったのに、
孫の面倒はほんとによく見てくれます。
中でも私の次女が、一番じいちゃんになついているので可愛くて仕方がないようです。
長女との可愛がり方が多少違うのが困ったものですが。

ブロックで家を作ったり、車を作ったりして2人で楽しんでいました。

飽きたら次はパズル。
父はパズル好きで、孫たちと必ず幼児用パズルをやります。
そのわりには完成させるのが私より遅くて不思議です。
さすがに孫よりは早くできますが。

それからお昼ごはんをごちそうになりました。
ピザの宅配をとってくれていました。
久々のピザはとっても美味しかったです。
でも、次女はピザはほとんど食べず、付け合わせのポテトを独り占めしてました。

お昼ごはんをいただいてから帰る時間になってしまいました。
長女の幼稚園のバスの到着時間があるし、次女のお昼寝もしなくてはいけません。
また来週にでも会おうねと帰りました。

近々幼稚園が代休で平日休みの日があるので、
そのときに長女も一緒にゆっくりと遊びに行こうと思ったのでした。